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日々を、紡ぐ

歯のこと

皆さんは、ご自分の歯の健康に対して、
どのように思っていらっしゃいますか?

僕自身の話をすれば、
この十数年くらいの間に、
自分の歯の健康に対する意識は、
それまでとは比較にならないくらい高まったと思います。

ですが、それは裏を返せば、
どれだけ歯のことで悩み、
苦しんできたかということでもあります。

今日は、23歳の時から始まった僕の歯の健康に対する意識の変化と、
それにまつわる人間関係、そして
様々な葛藤について話をしたいと思います。


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23歳の10月、僕は大和市の南林間に引っ越しました。
それまで親元を離れて暮らしたことはありますが、
いつも誰かが一緒でした。
一人暮らしというのは初めてでした。

自分では意識しなかったのですが、その頃の僕は
精神的にも肉体的にも、相当しんどかったのだと思います。

虫歯が多発しました。
虫歯というのは感染症なので、
それは免疫力の低下を意味します。
そしてその時になって、僕は初めて気がついたのです。
僕の歯並びが、非常に悪いということに。


当時勤めていた障害者福祉のデイサービスの仕事が終わると、
僕はヨーカドーの中にあった歯医者に通っていました。
僕の歯を治療しながら、僕の治療に当たっていた
男性歯科医の小さな舌打ちが聞こえました。
僕があまり頻繁に、しかも予約無しで来るから
苛立っていたのでしょうか。

しかし、患者は不安なのです。
まして舌打ちなんてされたら余計萎縮してしまいます。
だって、歯の痛みは自分ではどうしようもないのですから。

そして、最後にその歯医者に行ったとき、
僕に歯磨きの指導をしてくれた歯科衛生士の女性がおっしゃいました。

「頑張って磨かないと、歯がなくなるよ」

僕が小城歯科に初めて足を運んだのは、
ちょうどそんなときでした。
そしてこれが、10年に渡る小城医師との関係の始まりでした。
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小城歯科は、当時住んでいたボロアパートから歩いて5分ほどのところにありました。
待合室の壁には、アメリカで講習を終えた修了証が何枚かかかっていました。

僕の歯の状態を診て、小城医師はおっしゃいました。

「これだけ歯に対する意識が高いのであれば、矯正をお勧めします」

そして、中央林間にある島田矯正歯科クリニックを紹介していただきました。

母に相談し、84万円の費用の半額を出してもらい、
残りの半額を月々1万4千円ずつ払うことにしました。

当時僕は朝夕新聞配達をして、
夜は保育士養成の夜学に通うという生活をしていました

夜中の1時に起きて朝の5時過ぎまで配達をし、
朝7時頃から昼ごろまで寝て、それから起きて夕刊を配り、
それが終わると学校に行って、9時過ぎまで勉強。
帰ってきてから少し眠り、また朝刊を配る。
月に休みは三日でした。

そんな生活を3年間続けたのです。
相当に無茶をしていました。

そして愚かなことに、僕はそれをかっこいいと思っていました。

「俺は一人でこんなに頑張ってる。
周りの甘ったれ連中よ、見ろ」

でも、今は思います。

甘ったれは、僕自身だったのだ、と。

何もかもを拒絶することと自立を履き違えて、
そのくせ僕は、祖父からもらったお金や母や祖母の援助を、
苦々しく思いながらも受けていたのですから。

そしてそんな生活の最中でも、高価なギターを買ったりと、
分不相応な贅沢な出費だってしていたのです。


少し話が逸れてしまいましたが、
歯のことに話を戻しますね。

朝の仮眠を削って午前中の早い時間に矯正歯科に月一度通い、
また矯正のための器具がついているということで、
小城歯科へも月に一度、超音波による歯の清掃を受けていました。

それでも、虫歯は起こりました。

その度落ち込んでは、歯の治療を受けていました。

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矯正治療を受け始めてから3年以上が過ぎ、
ようやく歯についていたブラケットという器具を取り外しました。
あとはリテーナーという器具を使って、
元に戻ろうとする歯を安定させるための自主管理に移りました。

しかし、この頃、僕の歯茎は急速に痩せ始めました。

もともと歯茎が薄かったことに加えて、
矯正で歯を動かしたことで、かなり歯の根元が露出するような状態でした。

小城歯科で相談したところ、先生はこうおっしゃいました。

「これは大変だ。
外科的な処置が必要」

顎の肉を取り、それを歯茎に移植するという治療法を、
写真を交えて説明されました。
費用は保険適用外で10万円。

そして僕は、「受けます」と答えました。

しかし、この手術は中止になりました。
移植するはずだった歯の部分の根元が、過去に治療をした場所で、
これだと移植しても定着しないとのことでした。

しかし、今思うと、手術が中止になったことは
僕にとっては良かったのです。

そしてこの一件をきっかけにして、
小城歯科との関係が少しずつ、壊れていきました。

左下の奥歯2本が同時に虫歯になり、
その治療にもかなりの費用がかかりました。

その後しばらくして、
治療を受けて良くなったはずの奥歯が痛み出しました。

小城歯科へ連絡しようか、とも思いました。
しかし、僕は出来なかったのです。

なぜか。

僕は、情けなくて仕方なかったのです。

こんなに月に何回も歯医者に通い、
自分でも気をつけているのに
それでも歯の痛みが起こり、
その度に電話で治療の約束をしなければいけない。
自分のこんな状態を、自分でどうすることもできない。
何が原因なのか、どうすればいいのか。

そんなふうにこころが揺れ動いて、
悲しくて、苦しくて仕方なかったのです。

そして、僕はどうしたか。

小城歯科とは別の、日曜診療を行っている
中央林間にある田園都市歯科クリニックに行ったのです。

レントゲンを撮られ、
「ここが虫歯ですね」と
先日小城先生に治療を受けたところを削って、
そこには銀が入りました。

「え?そこはこの前、治療してもらったところだけど・・・」

そう思いながらも、僕は何も言わずに、歯を削られました。



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その後、小城歯科に行って、
削られた歯のことを言われました。

「なぜ連絡してくれなかったんですか?!」

僕は何も答えられませんでした。

僕の歯を見て、

「これは大変だ」

という言葉を口にした小城医師への不信感。
その時抱いた恐れ、不安。

「いろいろ言いたいことはあるんだけどさ。
あなたの歯の痛みは。噛む力が原因!
こんな銀なんて入れればいいという問題じゃない!
山田さんは、自分で自分の健康を損ねちゃってるんですよ!
こんなことしてたら、そのうち歯がなくなるよ!」

小城医師はそう言って、僕をなじりました。

他の患者さんも、スタッフさんもいる中で、です。



どうも僕は夜、睡眠中に歯ぎしりをしていたらしいのです。
それはかなり強い力で、僕の歯はかなりすり減っていたのでした。
僕は、こころの中でこう思っていました。

「なんだよ、そういうことなら、
もっと早く言ってくれたらいいじゃないか」

歯の痛みも、夜に歯ぎしりしていることなんかも、
自分でわかるはずないじゃないか。
何もかもが自分ではどうしようもないことなのに、
そのことを、なぜ責められなければならないのか、と。

寄るべない気持ちでした。

その後も定期的な歯の清掃には通っていましたが、
こころの中のしこりは残ったままでした。
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今から2年前、インドからの帰りの飛行機の中で、
僕は強い歯の痛みに襲われました。

ロキソニンを服用してやり過ごしていたのですが、
それでも強い痛みは治まりませんでした。

帰国してすぐに歯医者へ、
それも小城歯科とは別の歯医者へ行きました。

レントゲン撮影の結果、右下前歯の根元に大きな影が写っていました。

歯の真ん中にある歯髄から細菌が感染して炎症を起こし、
歯の根の部分に膿の袋ができていたのです。

治療法としては、歯の真ん中に通っている神経を取り除き、
そこから歯の根の部分に薬を入れていく、というもので、
「根幹治療」というのだそうです。

そこで撮ってもらったレントゲン写真を持って、
僕は小城歯科へ行きました。

すでに夕方の診察が終わっていたのですが、
中の灯りがついていたので、僕はガラスをトントン叩きました。
間も無く小城医師が出てきました。

僕が自分の状態を説明すると、彼はこう答えました。

「あなたが、僕が治療したところを
他の医師に治療させたことがショックだった」

いや、今その話をしてるんじゃないんですよ。
結局あなたは、患者が自分のいう通りにしている間は優し顔を見せて、
患者が少しでもそこから逸れたら本性を見せるのですか?

でも僕は結局、小城歯科で根管治療を受けることに決めました。

週に一回、夏から秋の終わりにかけて治療は続きました。

消毒のための管が歯に入るたび、涙が出るほど痛いのです。
神経はもう取り除かれているはずなのに。

小城歯科は、顕微鏡による治療と、
一千万円をかけて導入したというCTを売りにしていました。

「今の歯科医療で、顕微鏡とCT以上にできることはない」

小城医師は言っていました。

そのCT検査、一回に3万円の費用がかかりました。

「一千万円したものだから、
ただというわけにはいかないからね」

検査の際、彼はわざわざ僕にこう言いました。

顕微鏡による虫歯治療、根管治療は
通常の治療よりもはるかに費用がかかりました。




今にして思うと、相手の都合に合わせて費用のかかる治療ばかりを
選択させられていたのかな、とも思うのですが、
僕は「こんなものなのかな」という感じで
支払っていました。

他所を知らなかったからです。
小城歯科の、外を。
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小城歯科で治療を受けながら、
僕はあちこちの歯科病院に足を運び、自分の歯の状態について
意見を聞いていました。

御茶ノ水にある東京医科歯科大学病院へも足を運びました。

結局大きな成果は得られませんでしたが
そんなふうにしてあがいている間に、僕の中で
少しずつ、変化が生まれていました。

「いつか死ぬのに、なんでこんなに不安でバタバタしてるんだ・・・?」

そりゃ、痛いのは嫌だよ。
できることなら、歯も失いたくないし。
でもさ。
何より嫌なのは、
こんな風に不安で不安で仕方ないような感じで生きている自分。
思い煩いながら、まるで小城医師がいなければ生きていけませんみたいな
気持ちにさせられている、そのこと。
歯にまつわることで、どんどん自分のことが嫌いになっていく。

そんな日々に、だんだんと嫌気がさしていました。

歯の根の治療が一応済んだ頃、僕は
御茶ノ水にある日本大学歯学部附属病院に足を運びました。
そしてそこで出会ったのが、現在お世話になっている高根沢医師でした。

初めて高根沢先生の診察を受けた日、
横になって目をつむっていたら、なぜか涙が溢れました。

「ずっと辛かったんだな、僕は・・・」


小城歯科に通い続けて、ずっと先が見えなくて、
自分の状態について、いつも
不安を抱えながら卑屈になっていたことが、
どれだけ自分自身を苛んでいたか。

高根沢先生の、優しい口調を聞いていて、
改めて気づいたのでした。

昨年4月、僕は故郷の町に帰りました。
多分もう、小城歯科にいくことはないだろうと思います。

一度だけ、小田急線の中で彼に会うことがありました。
お互い気づいたのですが、言葉を交わすことはありませんでした。
多分、それで良かったのだと思います。
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2018年1月。
2年前に治療したはずの歯の根の病巣が再発しました。

しかも、小城歯科で詰められた歯の根の詰め物が
通常の素材ではなく、非常に硬いもので
ドリルの針が通らないのです。

先日日大病院で高根沢先生に診ていただき、
治療法について、いくつかの方法の説明を受けました。

歯茎を切って、歯の根元の部分とともに病巣を切除する
外科的な治療。もう一つは、
表面に出ている歯を半分切り、ドリルを入れられるようにする。
そして、切った部分には仮歯を作るのです。

僕は、歯を切ることを選びました。

今は抗生物質で病巣の勢いを抑え、
治療に備えています。

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これで、23歳から始まった僕の歯科治療の物語は
やっと「今」になりました。

再発がわかった初めの数日は悶々として、
初めは小城医師に対する恨みつらみで
この文章を埋め尽くすつもりでいました。

けれど、書いていくにつれ、
そういう気持ちは僕の中で次第に小さく、ごく小さくなっていきました。

「だって、小城医師を選んだのは僕自身だろ」

高い治療ばかり選ばせやがって、と思っても、
それを選んだのは、僕。
この人に任せよう、と思ったのも、僕。

恋愛と同じ。
僕も、小城医師も、誰も悪くないのだ。

でも、別れなければならなかった。

「こうありたい」という自分を選んだ結果なのだ。


そして、もし小城医師に出会わなければ、
ここまで自分の歯に対して
高い意識を持つようには、多分ならなかっただろうと思います。

僕は歯のことも含め、自分で自分のことを
あまりにもおろそかにしすぎたのです。

よし、じゃあ、今からでも、
少しずつでもいいから、自分のことを、もっと大切にしよう。

ウサギとカメみたいなもので、
スタートは遅かったけれど、ゆっくりとやっていこう。

そうすれば、案外、長持ちするかもしれない。

そして、あとどれくらい僕には時間があるだろうと思うことで、
自分という人間のことを、前よりもずっと、
愛おしく思えるようになりました。


とても長くなってしまいました。

読み返してみると、なんか情けない奴だなあ、と
我ながら思ったりもするのですが、
できる限り、自分の気持ちを正直に書いたつもりです。

僕自身の心と体のこと。

最後まで読んでくださったあなた。
どうもありがとうございました。

まだまだ、道は続きます。

この世からさよならする、その時まで。

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# by january_4stars | 2018-01-18 22:20 | Comments(0)

夢のかけら

夢のかけら

きみの見つけたひかり

凍えそうな風の中で

こころは軋んで

それでも 生きている

たとえ どんなにちいさくても

それは きっと

ゼロではない 何か

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# by january_4stars | 2018-01-13 23:26 | Comments(0)

幸せ

鉛筆を持つ手をふと止めて、顔をあげた。

午後の西日が窓から差し込んで、雪柳を照らしていた。

それは、はっとするほどの美しさだった。

そして、気付く。

この小さな花たちが、実は
とても良い香りをさせることに。

甘く、それでいてしっかりとした香り。

か細く、儚い佇まいの雪柳。
でも、実は芯の強い、しなやかな存在。


何かを美しいと感じるとき、
僕はいつも幸せとともに、哀しさを覚える。

こんなふうに感じることのできる
今を生きている自分が、
いつかこの世から消えていかなければならない。

そうしたら、もう、
何も感じられなくなってしまう。
寂しい。

でも、だからこそ
今、この場所に生きている自分のことが、
叫びたいほどの切なさとともに
愛おしく感じられるのだ。

雪柳。
愛してやまない、
僕の心の中に咲く花。

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# by january_4stars | 2018-01-04 23:32 | Comments(0)

あかり

先日、近所の家電量販店でストーブを購入した。
すぐに使いたかったので、タクシーにきてもらうことにした。

タクシー会社に連絡する。

「本日は台数が少ないので、30分以上の空き待ちになりますが、
よろしいでしょうか」

それでお願いしますというと、
空き次第連絡をくれるとのこと。

お店の外にある駐車場のベンチに座り、電話を待っていた。

駐車場には、家族連れの車が次々と出入りする。

父親と手を繋ぎながらスキップする小学生くらいの男の子。

夕方の寒い中、ひとり
こんな風景を見ていると、
だんだん自分が、ひどく小さな人間に思えてくる。

この歳になって結婚もせず、
自分の車もなく、ひとりぼっちで
こんなところにいて、
いろんなことをやり損なってきたような気持ち。
僕が大切に思っていることが、今
目の前を行き来する人たちにはなんの価値も無いのだ。

自分を傷つけるのは、いつだって自分なのだ。

誰がいうでもない。
僕が、僕を傷つけているのだ。

電話が鳴った。

「お待たせしました、到着しました」

ハッとして顔を上げると、
黄色のライトバンが止まっていて、ちょっとびっくりした。

電話で「福祉タクシー券は使えますか?」
と尋ねたから、福祉車両できてくれたのかと思ったら、
そうではなく、たまたまこの車が空いていたのだという。

この運転手さん、本当に良い方だった。

別に何がどうというのではない。
ただ、僕に接してくださったときの、声、物腰。

目の前にいる人を安心させたい。

そんな思いが伝わってきたのだ。

僕のこころとからだが弱っていたというのもあったかもしれない。

それでも、自宅までたどり着き、
15キロはある重い石油ストーブの箱を玄関先まで運んでくださったときには、
僕は何度も「ありがとう」を言った。

笑うことができた。

「お気をつけて」

こんな風にして、
人の好意や優しさをちゃんと感じることが出来るようになれて、
本当に良かったと思う。

僕は、僕でいいかな。

こころの中に、ぽっと小さなあかりが灯った。

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# by january_4stars | 2018-01-04 22:47 | Comments(2)

迫真

僕がガブリエル・バンサンの「アンジュール」を知ったのは、
ノンフィクション作家の柳田邦男さんの著作の中でだった。

その後、僕の近しい人から
「あの絵本のデッサンはすごい」と聞き、購入した。

でも僕は正直に言って、この絵本がどうしても好きになれなかった。

言葉もない、色彩もない。
それに、どことなく全体的にグロテスクな印象があった。

僕が絵本というものに求めていた、
ある種の甘さ(夢と言い換えてもいいかもしれない)が全く感じられなかったからだ。

今年の年賀状に、この絵本の模写をやってみようと思ったのも
犬だし、これならカッコがつく、くらいの軽い気持ちだった。




しかし。
最初の模写をなんとか終えたとき、
そんな甘い考えは僕の中から完全に消し飛んでいた。

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作者の線を、必死に追う。
速度の速い線、遅い線。
激しい線、消え入りそうな線。
グイグイと押さえつけるような線。

そうやって表現される世界は、
恐ろしいまでの、迫真。

消耗が激しくて、
葉書サイズの模写を一枚終えるたびに、
外に出て休憩しなければならなかった。

飼い主に捨てられ、
走り去る車を必死に追いかける犬。

道端に佇み、走ってきた車の前に飛び出し、
大惨事を引き起こす。
その場を立ち去る犬。

「ざまあ見ろ」と思ったのではないか
自分を捨てた人間に対して、
憎悪と怒りの感情を抱いたのではなかったか。

しかし、遠くに見える人影を見たとき、
犬は気付いたのだ。

「自分が本当に一人ぼっちになったのだ」と。

哀しみ、孤独、寂しさ。

愛を求めて、果てしない大地を彷徨う姿。
人間の街に行っても「あっちに行け」と拒絶される。

そして、やがて訪れる出会い。

線を追いながら、
いつの間にか僕はアンジュールになり、
アンジュールは僕そのものであることに気づく。

ただ漫然と絵を眺めているだけでは、
決してこのすごさを理解できなかっただろうと思う。



来月、僕はフランスを旅する。
ルーブルでは、できる限りたくさんの素描を見たいと思っている。

「外国に行けばいいんだよ、
向こうがバックボーンなんだから」

昔、ある人が僕にこう言った。

別に今の僕は、西洋に対して
極端なコンプレックスは抱いていない。
というのも、たとえば僕がラファエロの聖母子像の実物を目の当たりにしても、
美しいとは感じるかもしれないが、
それを本当に自分のものとして味わえるかといえば、それは違うかもしれない。

だって、生まれた風土も、文化も、
何もかもが違うのだから。

僕の中にある、「何を美しいと感じるか」の源泉。
両者に共通する何か。

今自分がいる場所から外に出ることによって見えてくるもの。

それを見つけられたらいい、と思う。

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# by january_4stars | 2018-01-04 22:20 | Comments(2)

日々思うこと、感じること